浮世亭三吾さんが亡くなられた。
またウチの先輩が亡くならはる。
しょうがないとはいえ寂しい。
若手(1990年)の頃、浪花座の頭取部屋で進行係のバイトを週に一回やらせてもらってた。
18歳の高校でたてで、部活に入ったこともないので礼儀も何も知らない僕は
そこでたくさん学ぶことになる。
衣装を着たら座らない師匠
「膝にシワがいく」
別にええやんと思ってたら
とんねるずの石橋さんもその考えで、スーツの時はなるべくギリギリで着るか
座らないようになったり
頭取部屋で会う師匠は怖くてしょうがなかった。
父親とは違う。父親の友達とも違う怖さ。
そんな師匠の年齢は40代以上。
話しかけてくれる方もいたけど、怖い人もいた。
浮世亭三吾・ジョージがその人でした。
あ、怖いのはジョージさんです。
三吾さんはテレビの収録でも絡んだことはあったけど、
いじったりすると、顔を真っ赤にして恥ずかしがる
漫才をやりたい方なんやろうなと、のちに感じるようになった。
今の人はネタをきっかけにタレント目指すテレビ型芸人と
漫才をずーっとやっておきたい劇場型芸人がいると思うんです。
なので、テレビでネタやるのもなるべくなら控えたい
舞台のネタがウケにくくなる
ただ、劇場型芸人の方がお話は確実に面白い
楽屋で聞くと面白い話がたくさんあるけど、
舞台やテレビで話すのは苦手で、どうもうまくいかない
そんなタイプ、僕の好みなんです。
そのど真ん中が三吾さんでした。
18歳で頭取部屋で進行係をやらせてもらってる頃。
当時?劇場って10日割で上席、中席、下席に分かれてて
月に10日間の出番がある感じ。
テレビや営業の仕事が入ってたら、助け(すけ)で同等あるいは後輩が出番を任されたり、その先輩の位置を任されるので、ちゃんとウケないとと鼻息は荒くなる。
それがハマれば、上に上がれるのでね
そんな色んな事を勉強する場
進行係
朝から、若手(と言っても僕からしたら先輩)がやってきて
着到板(ちゃくとうばん)にピンを刺す
で、自分が入ってますと、劇場の人に知らせる。
昼夜2公演あると合間に出ていくので、その時には抜く
戻ったらさす。進行係も色々やることがあるので、
いない間に入られる場合もあるのでね。
そんな着到板は進行係が入る進行部屋の前に置いてあるので
入られたら、進行係は進行表に入ったと印をつける
10分前には出番の人は袖に行くけど
降りてなかったら呼びに行く。
10日間の出番でも、芸人って飲みに行っちゃうので寝坊する人
遅刻する人も少なからずいる。
三吾さんがきっちり入られる方で、その逆がジョージさんでした。
遅刻はしょっちゅうで、だいたいギリギリに入られる。
その日も遅刻されたジョージさん、
僕ら進行係である当時、有野と濱口は、次の出番である 暁 照雄・光雄さんに出番の前倒しをお願いしに行く。
三吾さんは慣れた感じで進行部屋で立って待つ。
若手にあんまり見せたくないと思うけど
暁 照雄・光雄さんに
「お願いします、すんません」
と、キッチリ挨拶されてたり。
だいぶ先輩がもっと先輩にお願いしてるところを初めて見たり
芸歴積んでも、そんな先輩になろうと後輩が増えたら思うようになった所は
この頭取部屋と三吾さんの背中やったりする。
遅れてやってきたジョージさん
車を楽屋口に停めて、頭取部屋を通って、階段上がって楽屋への道
僕らと、三吾さんがそれを普通の窓を半分に切ったような
横に細長い窓が半分開いた所から見ている。
階段をたんたんたんと上がりながら、進行係の若手芸人の僕らにジョージさんが聞いてくる
「ごめんごめん、誰が代わってくれた?」
先輩慣れしていない僕らは、なんて言い方が良いのか答えあぐねてると
後ろに立ってはった三吾さんが
「てるみっちゃんや、てるみっちゃん」
それを聞きながら ジョージさんは踊り場まであと半分の所で立ち止まり
だだだだだだっと階段を駆け下りてきたかと思ったら
ジョージさんは
横に細長い窓をパン!と強く開け
細長い窓からぐい〜っと身を半分乗りだし
窓口に座ってた濱口の胸ぐらを掴み
「誰のこと てるみっちゃんって言うてるねん!」
めちゃくちゃ怒ってる
胸ぐら掴まれてぐらぐらゆすられてる濱口
怒る大人見るの初めてや
どうしたらええんやろ、俺らが言うたんちゃうのに
と、僕も濱口も縮み上がってると、すぐに
「僕や僕」
と、三吾さん
「てるみっちゃんは僕が言うたんや、ジョージくん」
それを聞いて我にかえるジョージさん
「なんや、三吾くんか ごめんなにいちゃん」
濱口のしわくちゃになった胸元をポンポンと優しく叩くジョージさん。
楽屋に入って、舞台衣装のフォーマルな軍服に着替えたジョージさん
先輩方の立ち振る舞いって、その年齢になってから分かる
てるみっちゃん
って師匠のことを軽く言う後輩に
「誰のこと てるみっちゃんって言うてるねん!」
って、怒ってやれる先輩になれるのか
相方とは言え あんなに怒ってる大人に
「僕が言うたんや」
ってすぐに言える大人になれているのか
と、その年代になったら思える。
そんな細かいことでも覚えてたりするのが劇場のいい所かな。
次に会った三吾さんは娘さんとコンビを組んでいた
浮世亭三吾・美ユル
そんな美ユルちゃんに 2016年に僕が大阪でやったイベントに参加してもらった
芸人をやってる理由を手紙に書いてもらう
熱めのイベント。
「嵐に会いたくて松竹芸能に入った」

そんな邪な人間が多い中
美ユルちゃんは
「お母さんに、お父さんを芸人のまま死なせてあげたい
って言われて、その通りやなって思って」
そんな思いで、芸人になった美ユルちゃん。
あれから9年、しっかり親子漫才師をやっていました。
凄いなー
と、当時の美ユルちゃんのブログがあったので読んでみた
面白いなー。
そんな美ユルちゃんの現在。
上手い事、相方を拾うなー
さすがです。
美ユル独演会 〜お父さん、相方見つかったよ〜
酒井とおる・美ユル
「元気な相方が欲しいのに」
横山ひろし・美ユル
「父に比べて乱暴すぎます」
ますだおかだ美ユル
「岡田さん邪魔せんといて下さい」
そんなイベントやって欲しいです。
浮世亭三吾さん お疲れ様で御座いました。